史記では伝説と目される三皇五帝時代

史記では伝説と目される三皇五帝時代に続いて夏王朝について記述されている。

夏については実在が確かでなくまた定説もない。

殷が実在の確認されている最古の王朝である。

殷では、王が占いによって政治を行っていた。

殷は以前は山東で興ったとされたが、近年は河北付近に興ったとする見方が有力で、黄河文明で生まれた村のうち強大になり発展した都市国家の盟主であったと考えられる。

紀元前11世紀頃に殷を滅ぼした周は、各地の有力者や王族を諸侯として封建制をおこなった。

しかし、周王朝は徐々に弱体化し、異民族に攻められ、紀元前770年には成周へ遷都した。

その後、史記周本紀によれば犬戎の侵入により西周が滅び、洛陽に東周が再興されるが、平勢隆郎の検討によれば幽王が殺害されたあと短期間携王が西、平王が東に並立し、紀元前759年平王が携王を滅ぼしたと考えられる。

平王のもとで周は洛陽にあり、西周の故地には秦が入る。

これ以降を春秋時代と呼ぶ。

春秋時代には、周王朝の権威はまだ残っていたが、紀元前403年から始まるとされる戦国時代には、周王朝の権威は無視される。
update:2010年07月18日